☆の備忘録

完全耳コピ

薔薇と白鳥 マーロウセリフ④

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「宝石が1つ残っている。さぁこれを取れ。お前が心に殺意を宿しているのなら、その贈り物で心を改め魂を救ってくれ。いいか、私は王なのだ。あぁ、その名を口にすると悲しみがこみ上げる。
何処だ?我が王冠は。無い?無くなっている?なのに、私はまだ生きているのか。

(お疲れになっているのです、エドワード陛下。少しお休みになられては?)
だが悲しみが寝かせてくれないのだ。眠りたいのに、この10日間、瞼が閉じることはなかった。今こうして話していると閉じそうになるが、また恐怖で開いてしまう。
あぁ、お前はなぜそこにいるのだ?

いや、いい。私を殺すつもりなら、またすぐに戻ってくるだろう。それなら、そこにいればいい。
(眠ったか…?)
あぁ、待て、待ってくれ、殺さないでくれ。
(どうされました?)
何かが耳の中で唸っている。眠ったら二度と覚めぬと告げている。あぁ、お前はなぜここに来たのだ?
(お前の命を奪うためだ!)


頼む、一瞬のうちに済ませてくれ!

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ネッド、頼みがある。
これを託したい。
エドワード2世の台本だ。書き上がった。
出てくれなくていい。ヘンズロウはあてにできないから、別の劇団か、劇場に売り飛ばしてくれてもいい。とにかく上演してほしいんだ。

いまのお前ならそれくらいできるだろ。
その代わり…お前の命は守る。
頼んだからな!
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やっぱりここか。
なめるなよ、俺はできたばかりのこのローズ座に通いつめてたんだ。隠し部屋があることくらい知ってる。
ここからだと客席が全部見渡せる。その鏡を使えばあの屋敷に合図を送ることもできる。まさに格好の場所だよなぁ。
決行の日がわからなくてもある程度予想はつく。つまらん芝居を見に来るはずがないからな。期間中、一番の読み物と言えばそりゃぁ、ネッドが演じるトールボットが見られるヘンリー6世。バーリー卿がお忍びでくるとしたら今日が本命だ。違うか?

ウィル、バーリー卿が来ても合図を送るんじゃない。たとえ逃げおおせても、人を殺したら詩人としておしまいだぞ。


そんなもんまで持たされたか。

なぁウィル。わけを教えてくれないか。
お前の口から聞きたいんだ。

だが、それは親戚の話だろう?

言いたいことはわかった。
だがな、ウィル、お前はこんなことをするためにロンドンに来たのか?違うだろ。
貧乏になった実家を立て直すため、金を稼ぐために来た、そうだろ?
最初は金になる、という理由でお前は芝居の世界に入ってきた、そしてメキメキと頭角を現した、まさにこれからって時だ。なのに、なんでこんなことに手を染める?

いくら恨みがあるからってお前はこんなやり方に賛成しなかったはずだ。でも途中で断れなくなった。なぜなんだ。それが知りたいんだ。

なぁ、ウィル。客席を見てみろ。満席だ、ぎっしり埋まっている。見ろあの嬉しそうな笑顔。
みんな楽しみに来ているんだ。ネッドが演じるトールボットを、お前の書いたセリフを、ヘンリー6世の物語を。
芝居好きにとって、これほど至福の瞬間はない。
それをお前は、自らの手であっという間に血の惨劇に変えるつもりか?
2000人もの人間を巻き添えにして、お前が作り上げてきたこの夢のような空間を、お前自身が、地獄の阿鼻叫喚へとつき落とそうっていうのか?
いや、そんなことができるはずがない。
話すんだ。何を言われた、何を耳元で囁かれた?
ウィル!

どうしようもないことを1人で抱えるな。
言えよ、俺が一緒に抱えてやる。それだけでも十分意味はあるんじゃないのか?

やっぱりな、カトリックの中にはまだジョーンを憎んでる奴がいる。

そこで一計を案じた。謀反を企むカトリック達に、わざとメアリーと連絡が取れるように仕組んだ。彼ら暗号文のやりとりを重ね、謀反にメアリーを巻き込んだ。メアリーの処刑後、カトリック達はジョーンの裏切りを知ることになる。
ジョーンから渡されてた暗号文を解読していたのが俺だ。
あまりに汚い手に嫌気がさして抜けたがな。
いや、逃げたのか。

ジョーンの命はない。

なぁ、ウィル。困ったことになったぞ。
どっちに転んでも、ジョーンの命はない。
客席を見てみろ。ジョーンがいる。しかも爆弾の真上だ。
ジョーンが自分で言い出したんだ。それを切り札にウィルを説得してくれってな。
こうも言ってた。もしダメだった場合、ネッドと運命を共にするとさ。
妬けるだろ?

落ち着け!1つだけはっきりしているはずだ。客席にジョーンがいるのに、お前は爆発の合図を送ることができるのか?

よし、それでいい。
計画は中止させる。お前の責任にはさせない。カトリック仲間とのしがらみも断ち切ってやる。
俺を誰だと思ってる?筋書きはもうここに出来上がってる。
ただな、こっちもちょっとばかし命がかかっているもんでな。引き換えに約束してもらいたいことがある。

これから先、カトリックであることは誰にも漏らすな。裏の集会にも出るな。手紙も出すな。必ず誰かが見張ってる。なんの証拠も残すな。いいな。

それともう1つ。
生きてる限りは芝居を書き続けろ。
逃げるな。恐怖に打ち勝て。書くんだ。

お前は書きたいはずだ。違うのか?

なら書け。

二度と言わないからよく聞けよ。
お前には、俺を超える才能がある。あとは覚悟を決めるだけだ。
お前のその人柄の軽さは抱腹絶倒の喜劇を書くのに向いている。カトリックであることを隠し続けるその試練は誰も見たことがない悲劇をお前に書かせてくれるだろう。
人間の真実を捉えた傑作を何本も書くことになるはずだ。
お前はこの国の演劇を変え、芝居を書く詩人の地位を向上させるんだ。

俺には見える。だから書け。
書いて、書いて、書きまくれ。
お前が書いた台本はすべて、お前が生きたという証拠になる。

よし、それでいい。ここを動くなよ。

俺は俺のやり方でケリをつける。
じゃぁな。
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アルプスまで足をのばすつもりだったんだが…だめか?

薔薇と白鳥 マーロウセリフ③

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おかわりを頼む。
さっさと持ってこい。
なんだって?

おい、静かにしろ。仕事の邪魔だ。
だったら黙って飲め。
ピーチクパーチクうるさいぞ。お前らはスズメか?九官鳥か?それともアホウドリか?
わかったような口利きやがってこの脳足りんどもが。

俺を助けにきたのか、嬲り殺しにきたのかどっちなんだ。
ふっ、お前に助けられるとは俺も随分落ちぶれたもんだ。
悪いが、お前の仕事はもうやらない。
俺の人生だ、好きにさせてもらう。
待てフライザー、何か動きがあるのか?
教えろ。

おかげでウィルへの関心の目も緩んだ、あいつは命拾いしたってわけだ。
どういうことだ?
フライザー、なぜそれを俺に教えた?
俺がウィルに話すかもしれないのに?
お前には二度と会わない。

だれだと思った?
足、触ってみるか?
これを見てくれ。

新作の台本だ。セリフとプロットも半分は書いた。

見ないのか?


タイトル見りゃわかる。
あぁ、イングランド史上最低最悪の王の話だ。
いや、まんまやる。捻りとか小細工はなしだ。
買ってくれんのか?
どう思う?
パリの虐殺の時、お前は入るといったがそうはならなかった。今度はその逆になる。
検閲が通ると太鼓判を押したのは誰だ?


ヘンズロウ!このエドワード2世は検閲が入らないよう十分配慮して書く。それならどうだ?
うまくほのめかす。ばかな役人どもには気づかれないようにな。
正直に言おう。あれは俺が書いたんじゃない、書かされたんだ。だからダメだった。今度は違う。これは、今の俺が本当に書きたいものなんだ。
それは一部だ、全てじゃない。いいか…

客に合わせてばかりいてはだめだ、こっちから巻き込まないと!

 

ヘンズロウ?
聞いてくれ、これはいままでの歴史劇とは違うんだ、
共同経営者?誰だ?
またそうやって逃げんのか?
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まぁ、色々と。おいネッド。
これを読んでおいてくれ。
書きかけの新しい芝居だ。ヘンズロウが共同経営者?の同意が必要だって言うから。
読み終わったら返事をくれ。

悪いが、俺は遠慮しておく。
亭主が呼んでるぞ。
ウィル、お前も行っていいぞ。

少しなら。
なんだ、話って。
そんな話はそのまま積もらせておけ。
俺は元からこうだ。
お互い様だ。
こうやって蚊帳の外に出てみるとよく分かる。いかにお前の笑顔が偽物だってことがな。
正直なだけだ、思った通りが口をついて出る。
何が言いたい?
言えないことなんてない、言わないだけだ。
お前に何が分かる。
自分にしか分からないこともある。

(じゃぁ教えてください。なんでエドワード2世なんですか?)
直感だ。
(ヘンリー6世を書くって言った時、マーロウさんはそんなだめな王を主人公にするなと言いました。だからまわりに複数の主人公を作ったんです。)
知ってる。
(エドワード2世は誰が主役なんですか?)
エドワード2世だ。
(ヘンリー6世を超えるダメな王ですよ。)
その最低最悪ぶりを書く。
(最後は暗殺されるんですよ?それも最低最悪な方法で。真っ赤に熱した鉄の棒を尻の穴に突っ込まれて死ぬんです。)
見せ場にしてみせる。
(…客が入りますかね。)
ヘンズロウと同じことを言うな。

同類という言葉はそういう風に使うもんじゃない。
ウィル、なんでネッドに会いに来た?
そうかな?お前ネッドに劇場の経営を教えてもらいにきたんじゃないのか?
質問を変えよう。
どうして最近芝居を書いていない?
ちゃんと答えろ。


それが芝居を書かなくなった理由だっていうのか?
嘘だ。
心の底から?
そう信じているなら、お前は自分に嘘をついている。教えてやろう。
盗むものがなくなったんだ。
最初に俺は盗めと言った、そしてお前は俺から盗んだ、どんどん盗んだ。
はじめは俺すら気付かない方法で。だがそのやり口は徐々に露骨になっていった。その最たるものがリチャード3世だ。大して利口でもない客すら気付いたくらいだ。
話はここからだ。
俺が新作を書かないこともあって、お前は盗むものがなくなった。途端にどう書いていいか分からなくなった。何を書けばいいか見失った。違うか?
ウィル、勝負はここからなんだ。
他から盗むものがなくなったら、頼りは自分しかいない、自分に何があるかが勝負だ。自分の中から湧き出て、他の誰にも由来しないもの。それが本当の言葉だ、本当のセリフだ本当の芝居だ。だが、そこにたどり着くまでに待っているもの。それは…恐怖だ。納得できるものが書けるか分からない。何日も何週間も何ヶ月もかけない日が続く。その恐怖に打ち勝ったものだけが、芝居を書く資格があるんだ。

その通りだ。お前もたまにははっきりものを言う。それともう1つ。お前…何か手に負えないことに直面してないか?
それだけならいい。

特に決まった場所はない。
特に決めてない。じゃぁな。
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「卑劣な運命の女神よ。今わかった。お前が紡ぐ車には、人間が登ろうとした途端、真っ逆さまに落ちていく頂点があるのだな。そこに俺は触れたのだ。そしてもう登れないと分かったからには、どうして落ちていくことを嘆く必要がある。さらば美しきお妃。モーティマーのために泣いてくださいますな。この世を嘲笑い、旅人となって、まだ見ぬ国々を見つけにいくだけですから…」

ジョーン?
なんのために?
帰ってきたわけじゃない、立ち寄ってみただけだ。

何しにきた?
用件だけでいい。
なぜネッドが直接伝えに来ない?
聞こう、ネッドの答えを。
理由は?
ギャビンストンはネッドに宛てて書いたつもりだが。
途中で死ぬのはトールボットも同じだろ。
その省略が逆に効果を生むんだよ。
じゃあモーティマーは?いま、モーティマーのラストのセリフを書いたところだ。この役は前半ではあまり活躍しないが後半では…
じゃぁ最後まで読んでもらってくれないか?そうすれば気にいるはず…

ネッドがそう言ったのか?
なぁ、ジョーン。今まで聞いたどの理由もネッドが直接言ったわけじゃないんだろ?
奴は理由も言わずただ一言、NOと言っただけだ。違うか?
だからジョーンが来たんだ、理由を付け加えて、俺を納得させるために!そうなんだろ?
怒ってはいない…ただ、やるせないだけだ。

用件は済んだろ。帰ってくれないか。
もうジョーンの部屋じゃない。抜け殻だ。ハリボテさ。観客のいない舞台のようなもんさ。もはや生きて呼吸する者は誰もいない。セリフを与えられた役者が2人つったっているだけ。そのセリフも言い終わった。あとは幕を引くだけだ。

誰だ?
お前ら、なんでここに?
妙なところ?
まさか!?!

手短に話せ。いらない尾ひれは付けずにだ。
あぁもう、好きなように話せ。

なんの相談だ?
尾ひれはいらない!

ちょっと待て、それに火をつけようってのか?
暗殺?誰を?
バーリー卿?どこかで聞いたな。
待て待て待て、客席はバーリー卿だけじゃないだろ。観客まで巻き込んでどうする。ローズ座は2,000人入るんだ。2,000人を巻き添えにするっていうのか?
第一、バーリー卿1人殺せばいいだろ。なんで爆発なんてする必要がある?
で、その計画にウィルも加わっているのか?
あいつも実行犯の1人ってわけか。
何を囁かれた?

やめろ。それはダメだ。下手に動くとウィルが捕まる。死刑は免れない。
あぁ、でも奴はそう簡単につかまったり、説得されるとも思えないがな。
俺に任せてくれ。1つだけ方法がある。
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これが最後だ。

仕事じゃない、これは取引だ。
お前にとっても損はないはずだ。

ある暗殺計画が進行している。詳細まで掴んでいる。一味を一網打尽にできるチャンスもある。
(条件は?)
一味のうち、1人だけ見逃してほしい。
どうだ、乗るか?
(ダメだな)
どうして!?だった1人だけ見逃すだけでいい、お前の裁量でなんとかなるだろ?

知ってたのか…。

なぁ頼むよ、ウィルだけでいいんだ。密会場所もアジトも分かってる。犯行前に踏み込んでくれ。

 

じゃあ知ってて、わざと。
事前に食い止めるのがお前らの仕事じゃないのか?フライザー!お前人の命をなんだと思ってる。
観客は2000人だぞ、2000人!


戦争と一緒にするな。
そういうことを言ってるんじゃ…

わかった。もうお前には頼まない。

 

俺を殺すってことか?

 

くそっ!なんなんだよ!

 

薔薇と白鳥 マーロウセリフ②

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あっという間に読破しやがった。すごいスピードだ。
まぁ読破と言っても、俺が書いたのはタンバレインの一部と二部、フォースタス博士、マルタ島ユダヤ人の4本だけだがな。
うるさい、俺だっていろいろ忙しいんだよ。
もういい勘弁してくれ。
あぁ役者の方ね。見てないけど、どうなんだ?
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それがそうでもないみたいだ。
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あぁ、書かせてるって言うのは正確じゃないが、一応。
どの役?まさかヘンリー6世?
トールボットってあのトールボットか?
ちょっと待て、その2人は同時代に生きてない。
泣ける、って台本読んでないんだろ?
弟子?


あぁ、今まで見たことがない。
言ったろ?今まで芝居を書いたことのない新人役者。
あいつは俺に嘘は言ってないと思う。
だが本当のことも言ってない、そんな気がする。
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とりあえず演目はわかった。ヘンリー6世だ。
おもしろくないと思う。
今まで芝居を書いたことのない新人。
あぁ一本も。
さぁ。
他ね、あ、ネッドがトールボットをやるそうだ。
だろ?そう言うリアクションだよねー普通。


トールボットの株が上がる。
ウィルの野郎、何も知らないフリしてそこまで?
本人によれば大学は出てない、自称田舎者の貧乏人。
さぁ。
聞いたよ。だけどあいつすっとぼけやがって、ツテのツテのそのまたツテを頼って…
もう一回聞き出してみる。
どこに行けばいい?
今夜どこにいるかなんてわかんないよ。
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なんだこの原稿。
これをあいつが書いたって言うのか。
すまん、勝手に見せてもらった。
これじゃ実質トールボットが主役だ、最初からそのつもりだったな。
苦肉の策だと?
その最期のトールボットと息子の会話、誰かに書き方を教えてもらったのか?
やっぱりな、誰に教えてもらった?
教えた覚えはない。
盗んだだと?
だけ?


よく読み込んでるじゃないか。
言ってみろ。
だがそれを目当てに来る客も多いぞ。
ほぉ。

あんたら、、、誰?
いや、包帯で顔がよく見えないから。
あぁ、お前らか。

みたいだねぇ。
聞きにも来なかったくせに。

おい、ウィル、お前は引っ込んでろ。
誰に聞いたんだ?
だろうと思った。

考えろ、腕を怪我してセリフが書けるか?
ちょっと待て、落ち着けって。金は工面できたんだ。そのナイフを下ろせ。
あぁ、20ポンド。
今はないんだ、今夜手に入る。今度こそ本当だ。
逃げんのか?
お利口さんなこった。
こら、むやみに煽るんじゃない。
もう十分修羅場だろ。
つまらん韻を踏むな、それでも詩人の端くれだろ。
逃げてる最中に考えるな。
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ふざけたことを言うな。お前なんか弟子にした覚えはない。
足元がおぼつかないのは酒のせいじゃない。そいつのせいだ。俺をロンドン中走らせやがった。おかげで飲む前から足元はフラフラだった。誓ってもいい。
なぜ飲む?それもそいつに聞け。
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嫌な夢を見た。フライザーが出てきた。
ヤツがこの部屋に現れ、あの底知れない無気味な目で俺を追い詰め、握りしめたナイフでこの胸をグサリと…
やけにリアルな夢だった。

ん?俺なんでここに。あれ?昨夜は…

あいつが?
いい子?あいつが?
(酔っ払って喚き散らす高慢ちきな詩人を介抱してくれる人が他にいる?)
いないさそりゃぁ、あんな奴見たことがない、得体が知れないんだ。
たしかに愛想はいいし人当たりもいい、だがどこか太々しいというか。うまく隠してはいるが心の中に根深い何かを隠しているような…
それに、あんな悲しいヒーローは見たことがない。
あいつじゃない、あいつが書いたトールボットだ。

トールボットは祖国のため、そして自らの誇りのためどんな苦難にあってもフランス軍に抗おうと分勢する。だが圧倒的に軍勢が足りない。ところがだ、祖国イングランドではヨーク家とランカスター家がつまらんいがみ合いをしているもんだから援軍が出せない。
それでもトールボットはひたすら果敢に戦う。そこに息子が加勢に来る。死を覚悟したトールボットは息子に逃げろと言う。お前に将来を託したいのだと。でも息子は父が戦うなら自分も逃げも隠れもしないといい結局、親子ともに戦死する。

あいつのでっち上げだ、ふつうならそんなお涙頂戴は反吐が出ただろうし、第一、ストレインジ卿の先祖へのヨイショにすぎないと一蹴しただろう。
でも俺はあいつのセリフを読んじまった。
あいつの言葉に引き込まれた。そこには言葉以上の何かがあった。
俺ともあろうものがトールボットの生き様に心動かされた。
そこで気がついた。これをネッドが演じたら間違いなく奴の新境地になる。
これまで俺の芝居で作り上げてきた荒ぶるヒーローとは全く違う新たな切り口で、ネッドの芝居は見るものの心をわしづかみにするだろう。

まさか。
慕ってる?あいつが?
人に慕われたことがないから実感が湧かない。
だがやつは俺にとって新人でも後輩でも、ましてや弟子でも何でもない。
ライバルだ!
だから俺は書かなきゃいけない、どう背伸びしようが、真似も、盗みもできない芝居をな!

これは?
20ポンドだ。これはジョーンが預かっといてくれ。そのうち奴等が取りにくる。

笑わせてくれるぜ。
新作を書けだと。しかも中身は指定済み、タイトルまで決まってるときたもんだ。
あぁ、今の俺なら書くだろうと値踏みしやがったんだ。ちくしょうめ!

パリの虐殺

どう思う?
こんなんがいいのか?
去年のアンリ三世の暗殺以来、フランスとの関係は危うい、こんな芝居が宮廷式典局長の検閲を通ると思うか?
いくら30年前とはいえ実話だ、カトリックの権力者たちがプロテスタントを次々と皆殺しにしていくんだぞ?

そこなんだよ!
つまりは、宮廷のお偉方の片棒を担ぐだけの芝居になるってことになるじゃないか。そんなの我慢できるか?

あぁ、それを俺に言わせんのか。


お前、こんな芝居に金を出すのか?
俺らしくない?なぁヘンズロウ教えてくれ、俺らしさってなんだ?
なんだって?

あーあーわかったよ。この金の亡者め。

書いてやるよ!とびっきり俺らしく残酷な話を書いてやる!目を覆わんばかりのひどい場面ばかり書きなぐってやる。検閲なんて知ったことか、あとで吠え面かいてもしらんぞ。目に物を見せてやるからそう思え。
後悔させてやる!
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趣味が悪いぞフライザー、待ち伏せかよ。
パリの虐殺なら急ぎで書く、急かすな。
いま虫の居所が悪い、要件があるならさっさと済ませてくれ。



薔薇と白鳥 マーロウセリフ①

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(知ってるでしょ?
あの人、悪口と減らず口と罵詈雑言なら朝までどころか3日間は言い続けられることのできる才能の持ち主よ?
おまけに訴訟沙汰は平気だし、牢獄行きもなんとも思ってないし、近頃はすぐ決闘を申し込む癖がある。)
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そのつもりだったのに、くそっ!
まさかあいつらロンドンまで追っかけて来やがるとは。

ん?だれか来てた?獣くさい
くそっ!
金だ、金を探してる
誰のだっていい、とにかく金だ
20ポンド
だよなぁ。まずい、金がないと殺される。

冗談じゃない、あいつら頭狂ってる。
もっとまともな連中かと思ってたのに。

誰だ?
なんか、嫌な予感がする。
出なくていい。
ネッド?なんでネッドがここに?
賛成。

 

どうされました?ロンドンには旅行か何かで?


大嘘?誰が?いつ?

まぁ、待てよ。これはいわゆるだな
クーリングオフだ。
それはまた別の話。
いいか?機械の性能のテスト期間って訳さ。
あぁ、すぐに偽金だとバレるような機械は買えない。だからまずはあんたらにテストしてみた、あんたらすっかり騙された、テストは合格だ。今こそ代金を支払おうじゃないか。


あぁ、今すぐって訳にはいかないが、そうだな、週末までには。
わかった、明日の昼だな、用意しておこう。

俺を誰だと思ってる!
ロンドン演劇界で飛ぶ鳥を落とす勢いのクリストファーマーロウだぞ。
そこにいるネッドの芝居もほとんど俺が書いた。
東大一の売れっ子だ、この俺が約束している。間違いなんてあると思うか?
じゃぁ、明日を楽しみに待っててくれ。

あぁー!まずい!やばい!どうしよう。
あいつら頭おかしいから本当に殺されかねない。


頼む。ネッド、貸してくれ、すぐ返すから。
もちろん。

…まさか。
おい、人の命がかかってるんだぞ。
なんだあいつ!

で、ネッドはなんでここにいたんだ?
この部屋にきたことあるのか?


さぁ、面白そうだったから?
さぁ、何をしでかしてやろうか、そのうち思いつくさ。芝居のセリフと同じ。まずはここに眠らせておく。そうすればそのうち…
それはそれでいいかもな。
こうなったら、奴を頼るしかない。
あぁ、フライザーさ。それしか考えられない。
じゃぁ、どっちにしたって殺されるわけだ。


いや、それはやめておく。
なんか、おもしろくなさそうだし。
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だから言ってるだろ!
おもしろさっていうのは説明を聞いて理解するもんじゃない、感じるもんなんだ。ヘンズロウ、お前にもハートはあるだろ?血は流れてるんだろ?だったら感じられるはずだ、感じてくれよ、ここで。
じゃぁ病気だ、医者に診てもらえ。

命より金が大事だっていうのか?

金に?

なぁヘンズロウ、この1ヶ月で1番入りがいい芝居はなんだ?
誰が書いた?
その次に入りがいい芝居はなんだ?
誰が書いた?
つまり、俺の台本はお前をとても儲けさせている、違うか?
お前の儲けにこれほど貢献してる俺にさ、少しくらい融資してくれたっていいだろ?
それじゃぁ、間に合わないんだよ、前借りさせてくれ。

他に誰がいる?

だから、それはいつか。
人の著作物を勝手に売り買いしやがって。
そもそもそれがおかしな話で。


そんなん、誰かに任せろよ。第一、劇場主の仕事じゃないだろ?


知らん。
(この大根役者の下手くそめ!それなら牛か豚に芝居させた方がマシだ。役者なんか辞めちまえ!荷物まとめてさっさと田舎に帰れ!)なんだよ急に。
あぁ、それで辞めたのか。ばかめ、
あいつは比喩ってものを知らなすぎる。別に焦ってなんか。

他の連中と一緒にしないでくれ。つまらん台本を量産したくないんだ。
おい待てよ、詩を書くっていうのはそもそも働くとかそういう概念では。

 

伝言?いい話か?
え、誰だって?
ストレインジ卿劇団。ストレインジ卿が?この俺に?おい、それをなぜ早く言わない!
よしよしよし、これは絶対いい話だ。なにしろ劇団のパトロンが屋敷までわざわざ呼びつけるんだからな。よし、昼にはまだ時間がある。よし!
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え?だけどさぁ。
なんだ、直接会ってくれるんじゃないんだ。
噂って?

それは物騒だな。
流血が大嫌い。だからカトリックの国、スペインとの戦争にも反対。

そこで?


なるほど。エリザベス一世はとんでもない芝居好きだ。その芝居でおべっかを使って取り出そうって腹か。
あぁ失礼。つい口が。


この俺に執筆依頼を?
別の詩人?誰だ、ジョージピールか?ん?トーマスキッド?まさかロバートグリーン?


新人?
あぁ、ヘンズロウが言ってた、でも役者なんだろ?
それなりって?

20ポンド!?!
引き受けよう。
新人の監督、指導の件、確かにこのマーロウが承る。
え?いろんな意味って?
物は相談なんだけどさ、この仕事、前借りってわけには?いやね、田舎のお袋が急に倒れて。
そこをなんとかさ。
無事に?何事もなく?
なんだよ、もしものことって。
わかったよ。
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なぁ、ジョーン、どう思う?
だからさ、あの言い方だと、まるで俺が新人のボディガードまでしろってことになるじゃないか。
だってそうだろ?もしものことが無いように。って、そう言うんだから。
逆?(いつも無事に済むことなく何事かを起こすのは誰?)
誰だ?(あんたでしょう?
居酒屋で酔っ払って喧嘩ふっかけるのは誰?
役人に暴力振るって訴訟沙汰になるのは誰?

殺人事件絡みで投獄されるのは誰?
芝居の本番中に決闘を始めるのは誰?)
全部俺のような気がする。


そういうことか?
でもさ、なんか嫌な予感がするんだよ。
それは褒めすぎだ。
嫉妬?俺が?おい、ふざけんなよ。

ただ訳が分からないだけさ。やつは一体何者なのか。どうやってストレインジ卿の信頼を得たのか。

 

いや、書き上がらないと金にならない。それじゃぁ遅すぎる。いくらやばくてもあいつは金払いがいい。
フライザー?

そんなんじゃない。
あんたにだけは言いたくない
あぁわかったよ。プライド傷つくな!
俺は今、あいつの部屋に転がり込んでる身なんだよ。
悪いか。

(なぜまた仕事をする気になった?)
(金か?)もちろん。
(いくらいる?)20
(明日中に用意しよう)今すぐなんとかならない?
(無理だな)でないと殺されるんだよ
(我慢しろ)あのさぁそれって我慢とかでるような…
無茶言うなよ。
(じゃぁこの話はなかったことに)金は明日でいい
(お前の仕事は2つある)ふたつ?
(1つにつき10ポンドだ)なるほど。
(ひとつはストレインジ卿のこと)え?

よくご存知で
ふーん。そうなのー。
たぶん、でもなんでそんなこと?
へぇ、ストイックだねぇ。
別に舐めてなんか。

こわ、、、。

了解。
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やめろ、俺を先生と呼ぶな。
黙れ、先生と呼ばれた日には人間おしまいだ。
絶対に呼ぶな。
名前を呼べばいい。
馬鹿野郎、馴れ馴れしいぞ、マーロウさんと呼べ、マーロウさんと。

それでいい。


なんでお前をさん付けで呼ばないといけない。
で、今までどんな本を書いたんだ?手元に台本があるなら見せてみな。
じゃぁ口立てていいから説明してみろ。
なんだ?
じゃぁなんでお前が書くことになった?
誰に?まさかストレインジ卿本人に?
どういう関係なんだ?
それにしてもだ、初対面の人間にしかも劇団のパトロンの貴族を前にして芝居を一度も書いたことのないお前が、書ける。と断言したのか?


どういう神経してるんだ?
ストレインジ卿もよくそれで納得したもんだ。

なぜ俺の名前を勝手に使う?
それはまぁ、そうなんだけど。
やめろ、奴の名前は口にするな。絶交したんだ。
お前な、なぜそんなに書きたいんだ?
何がお前をそうさせる。
お前、ちなみにこの仕事でいくらもらえるんだ?

本当に?事前に金額は聞いてないのか?
ま、そのへんやっぱり新人だな。
お前が言うな!

で、題材は決めてあるのか?
ちょっと待て、スタンリーさんてまさか…
おい!貴族をさん付けで呼ぶな!
お前やっぱりどういう関係なんだ?
もういい。
で、そのストレインジ卿と相談して決めた題材ってのは?


は??
耳元で喚くな!聞こえなかったわけじゃない!
ヘンリー6世だと?
どうしようもない王だぞ。イングランド史上歴代ワースト2位だ。まぁその下にエドワード2世ってのがいるが、それに次いでダメな王様だ。
そんな王を主人公にしてどうする。
女王陛下の前で上演するんだぞ?
そもそもヘンリー6世ってのは、いまのエリザベス一世の曾祖父にあたる…って、お前大学で歴史の勉強してないのか?
は?大学を出てない?
これ、全部読んだのか?
なんで読みもしないのに関係のあるところがわかる?
わかった、もういい、お前俺を馬鹿にしてるんだろ。
尊敬?
悪いことは言わない、題材を変えろ。ヘンリー6世じゃダメだ。
またスタンリーさんか。そんなに仲良しならそのスタンリーさんに台本の書き方を教えてもらえ。
何がおかしい?
教えられるはずがないのは俺だって同じだ。
いいか?台本なんて書き方を習うもんじゃない、盗むもんなんだ。
ここに俺が書いた台本がある。これを読んで盗め。
このご時世、役者に完璧な台本なんぞ渡そうもんならどこに売り飛ばされるかわかったもんじゃない。だから台本はこうやって金庫の中に厳重にしまってあるんだ。


あぁ、盗めるもんなら盗んでみろ。
大きな声で言うな、投獄されても知らんぞ。