☆の備忘録

完全耳コピ

薔薇と白鳥 マーロウセリフ④

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「宝石が1つ残っている。さぁこれを取れ。お前が心に殺意を宿しているのなら、その贈り物で心を改め魂を救ってくれ。いいか、私は王なのだ。あぁ、その名を口にすると悲しみがこみ上げる。
何処だ?我が王冠は。無い?無くなっている?なのに、私はまだ生きているのか。

(お疲れになっているのです、エドワード陛下。少しお休みになられては?)
だが悲しみが寝かせてくれないのだ。眠りたいのに、この10日間、瞼が閉じることはなかった。今こうして話していると閉じそうになるが、また恐怖で開いてしまう。
あぁ、お前はなぜそこにいるのだ?

いや、いい。私を殺すつもりなら、またすぐに戻ってくるだろう。それなら、そこにいればいい。
(眠ったか…?)
あぁ、待て、待ってくれ、殺さないでくれ。
(どうされました?)
何かが耳の中で唸っている。眠ったら二度と覚めぬと告げている。あぁ、お前はなぜここに来たのだ?
(お前の命を奪うためだ!)


頼む、一瞬のうちに済ませてくれ!

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ネッド、頼みがある。
これを託したい。
エドワード2世の台本だ。書き上がった。
出てくれなくていい。ヘンズロウはあてにできないから、別の劇団か、劇場に売り飛ばしてくれてもいい。とにかく上演してほしいんだ。

いまのお前ならそれくらいできるだろ。
その代わり…お前の命は守る。
頼んだからな!
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やっぱりここか。
なめるなよ、俺はできたばかりのこのローズ座に通いつめてたんだ。隠し部屋があることくらい知ってる。
ここからだと客席が全部見渡せる。その鏡を使えばあの屋敷に合図を送ることもできる。まさに格好の場所だよなぁ。
決行の日がわからなくてもある程度予想はつく。つまらん芝居を見に来るはずがないからな。期間中、一番の読み物と言えばそりゃぁ、ネッドが演じるトールボットが見られるヘンリー6世。バーリー卿がお忍びでくるとしたら今日が本命だ。違うか?

ウィル、バーリー卿が来ても合図を送るんじゃない。たとえ逃げおおせても、人を殺したら詩人としておしまいだぞ。


そんなもんまで持たされたか。

なぁウィル。わけを教えてくれないか。
お前の口から聞きたいんだ。

だが、それは親戚の話だろう?

言いたいことはわかった。
だがな、ウィル、お前はこんなことをするためにロンドンに来たのか?違うだろ。
貧乏になった実家を立て直すため、金を稼ぐために来た、そうだろ?
最初は金になる、という理由でお前は芝居の世界に入ってきた、そしてメキメキと頭角を現した、まさにこれからって時だ。なのに、なんでこんなことに手を染める?

いくら恨みがあるからってお前はこんなやり方に賛成しなかったはずだ。でも途中で断れなくなった。なぜなんだ。それが知りたいんだ。

なぁ、ウィル。客席を見てみろ。満席だ、ぎっしり埋まっている。見ろあの嬉しそうな笑顔。
みんな楽しみに来ているんだ。ネッドが演じるトールボットを、お前の書いたセリフを、ヘンリー6世の物語を。
芝居好きにとって、これほど至福の瞬間はない。
それをお前は、自らの手であっという間に血の惨劇に変えるつもりか?
2000人もの人間を巻き添えにして、お前が作り上げてきたこの夢のような空間を、お前自身が、地獄の阿鼻叫喚へとつき落とそうっていうのか?
いや、そんなことができるはずがない。
話すんだ。何を言われた、何を耳元で囁かれた?
ウィル!

どうしようもないことを1人で抱えるな。
言えよ、俺が一緒に抱えてやる。それだけでも十分意味はあるんじゃないのか?

やっぱりな、カトリックの中にはまだジョーンを憎んでる奴がいる。

そこで一計を案じた。謀反を企むカトリック達に、わざとメアリーと連絡が取れるように仕組んだ。彼ら暗号文のやりとりを重ね、謀反にメアリーを巻き込んだ。メアリーの処刑後、カトリック達はジョーンの裏切りを知ることになる。
ジョーンから渡されてた暗号文を解読していたのが俺だ。
あまりに汚い手に嫌気がさして抜けたがな。
いや、逃げたのか。

ジョーンの命はない。

なぁ、ウィル。困ったことになったぞ。
どっちに転んでも、ジョーンの命はない。
客席を見てみろ。ジョーンがいる。しかも爆弾の真上だ。
ジョーンが自分で言い出したんだ。それを切り札にウィルを説得してくれってな。
こうも言ってた。もしダメだった場合、ネッドと運命を共にするとさ。
妬けるだろ?

落ち着け!1つだけはっきりしているはずだ。客席にジョーンがいるのに、お前は爆発の合図を送ることができるのか?

よし、それでいい。
計画は中止させる。お前の責任にはさせない。カトリック仲間とのしがらみも断ち切ってやる。
俺を誰だと思ってる?筋書きはもうここに出来上がってる。
ただな、こっちもちょっとばかし命がかかっているもんでな。引き換えに約束してもらいたいことがある。

これから先、カトリックであることは誰にも漏らすな。裏の集会にも出るな。手紙も出すな。必ず誰かが見張ってる。なんの証拠も残すな。いいな。

それともう1つ。
生きてる限りは芝居を書き続けろ。
逃げるな。恐怖に打ち勝て。書くんだ。

お前は書きたいはずだ。違うのか?

なら書け。

二度と言わないからよく聞けよ。
お前には、俺を超える才能がある。あとは覚悟を決めるだけだ。
お前のその人柄の軽さは抱腹絶倒の喜劇を書くのに向いている。カトリックであることを隠し続けるその試練は誰も見たことがない悲劇をお前に書かせてくれるだろう。
人間の真実を捉えた傑作を何本も書くことになるはずだ。
お前はこの国の演劇を変え、芝居を書く詩人の地位を向上させるんだ。

俺には見える。だから書け。
書いて、書いて、書きまくれ。
お前が書いた台本はすべて、お前が生きたという証拠になる。

よし、それでいい。ここを動くなよ。

俺は俺のやり方でケリをつける。
じゃぁな。
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アルプスまで足をのばすつもりだったんだが…だめか?